岡井隆『ウランと白鳥』(1998年3月/短歌研究社)

著者 岡井 隆
タイトル ウランと白鳥
出版年月/出版社 1998年3月/短歌研究社 受賞回[年] 14回[1999年]
分野 短歌 分類 作品

[略歴]
  詩人。文芸評論家。医師。一九二八年一月五月愛知生まれ。五五年慶大医学部卒業。八三年『禁忌と好色』で迢空賞。九〇年『親和力』で斎藤茂吉短歌文学賞。九五年『岡井隆コレクション』で現代短歌大賞。九六年紫綬褒章。「未来」編集人。

[受賞のことば]
  思いがけなく受賞することになって、大へん嬉しく、支持して下さった皆さまに厚くお礼申し上げたい。対象となった歌集が、わたし自身、いろいろな意味で記念の意をこめて出したものだっただけに、ありがたく思う気持がつよい。
  タイトルの「ウラン」も「白鳥」も、わたしにとって北方的なイメージで、青森や新潟へ行って見た体験が源になっている。その点、北上市の詩歌文学館のイメージとどこかで通い合うものがあるのも奇縁かと思う。受賞式で、お世話になった方々とお会いできるのをたのしみにしている。ありがとうございました。

  
[作品抄出]

白鳥はくてうのねむれる沼を抱きながら夜もすがら濃くなりゆくウラン

こともなくかかる魔神ジエニイだしし戦争といふ大きなラムプ

    一九九六年十一月十五日青森県六ヶ所村原子燃料サイクル施設視察に加はる。
北辺ほくへんに逐ひやらはれてしづまるかウラニウムの神プルトニウムの神

にこやかにニユークリアスの神官の予防着厚くわれをいざなふ

人はなにかをはらはらしつつつかむものエスカレーターいま下りゆく

あらたしきパトリオティズムを妄想す落雷がめたりし車内に

人形の糸見えかくれするうちに人形の劇糸を消し行く

山に響き群れてさわいで行く鴨の群衆のなか  俺は孤りだ

まつくらになりたる窓の直下にてFAXひとりごとなめらかに

マス・メディアを瘴気の沼へ引きずり込む五月蠅さばへとして民衆マスは酷き

明治初年太陰暦を捨てし日に郷愁のなき民族れぬ

カーテンをなかば引きつつ書きしかどまつためて寝につかむとす

納得のいかぬ学生の表情の納豆の糸引きつつあはれ

雪柳うつくしき尾を揃へたりよろこびといへどかすかなるかな

豊かだが、なのかゆたかだからなのかはしぬぐふ鴉高く並びて

指尖ゆびさきをあたためてゐるピアニストちやうどそのころの早苗田さなへだの苗

涙して走り去りたる日の裾のひだをゑがきて若き日過ぎつ

あらかじめ知るあたはざる悪意ゆゑ新鮮にしてさびし科学は

占ひの如く今夜がその日ならどうする、ししやも焼きつつ二人

軍団のさかりにわれはかちいろの未来をみたりければかく言ふ

人生ラ・ヴイーこそまことに無気味ひきあまた春の街上に出でてかるる

あはれ深かれよあはれみふかくあれあはれあはれみを産み続けよかし

死者をしもさまざまにうらぎることがいきることですかみかきあげて

それはナモわたしら知らされなんだでエモ南京なんきんよる言はばたとへば

肝腎のはなしがうまくゆかぬのを鯉の餌付けにらしてはならぬ

人間は倖せでないつくづくと汁より蕎麦をひき上げながら

白鳥は沼のあなたになりながら啼きつつかんの光に沈む

渡来者はある夜原燃げんねん基地をこえ或る日はこしの沼をよろこぶ

ひろげたるつばさのうらの大いなるさびしさ水に着かむとぞして

ひるすぎの光によごれとぶ白のとばざる白にましてかなしき

(掲載作選出・吉野昌夫)