大岡信『地上楽園の午後』(1992年5月/花神社)

著者 大岡 信
タイトル 地上楽園の午後
出版年月/出版社 1992年5月/花神社 受賞回[年] 8回[1993年]
分野 分類

[略歴]
  一九三一年二月一六日、静岡生れ。東大卒。東京芸大教授。詩人・評論家。詩作の歴程賞、読売文学賞、菊池寛賞受賞。創作、評論、戯曲など活動は多彩。

[受賞のことば]
希望
  詩集を編みながら、死を主題とする作品がますます多くなっていることに気づいたことを思い出す。この詩集以後に書いた詩にもその傾向は歴然としている。自分が親しい友人たちの死について書いている間は私は生きているが、生についても死についても私はまだ何ほどのこともわかってはいない。わかろうとすればわかるものでもないということだけが、少しずつわかってきたような気がする。多少はましな、きれいな人間になりたい。それが今いちばんの願い。

  
[作品抄出]

  時間

地の下から
春が溢れる

真紅に熟れた
冬を捧げて

懐かしいんだよな  地球も
       ―新年述志―

沈黙が
奇蹟的に語の中に
割つて這入りえたとき
語ははじめて
詩のセメントになる

だが  沈黙に
見栄と我執の
塩分がするりと混じりこめば
このセメントは
徐々に  静かに
崩壊する

鉄道の橋架にでも
使はれるなんてことになつたら
脱線転落大事故必至
けれども  語は
かならず  どこかで
詩とよばれる架橋工事に
使はれるのだ

大いなる
沈黙を
詩に抱きこむのは
神曲を地獄で書くほど
難しい

なあ  おい
地球滅尽以後の
沈黙くん

 

  箱舟時代

かんたんな話ではない
地上のすべてを押し流す大洪水の
まつただ中でノアのやうに
箱舟にまる一年も閉ぢこもるなんて

神は最後にオリーヴの小枝をくはへた鳩を遣はし
陸地が現れ希望の虹が懸かつたのを  ノアに知らせた
肉食を教へ  葡萄酒造りの快楽を教へ
すつぱだかで酔ふぶざまさを彼に与へた

神の怒りが鳴りとよもすなか
多少はましな人間も随分たくさん
水に呑まれて死んだはずだが
大洪水去つてみれば  同じ数の人間がゐた

監獄も缶蹴り遊びもカンニングも
むかし同様必要となり  重宝がられた
太陽はさんさんと照り  悪人は栄え
没落の仕方は派手で  昔とさほど変らなかつた

忘却といふ恵みのおかげで
明日はつねに未知  かつ  新鮮
かうしてわれら  もう何年も  何十年も
新しい箱舟の中で  希望とともに漂流してゐる

 

  竹林孵卵

陽春の竹の林で
竹宇宙が
膨張してゐる

地下から
天へ
無数のくだを蹴あがる液の
このすさまじいざわめき

関節は悲鳴をあげて
身を持ち崩し  喜喜として
細胞を産み出しつづける

そのさなかにも
よそから見れば  また何といふ
優雅な若葉の身のこなしだらう

幹一本に寄り添つて立ち
濃みどりの皮下に泡立つ滝の響きに
耳を澄まさう

にんげんよ
おまへの視覚  聴覚を
誇るな  ここでは

寸秒の停滞もなしに
地下を走つて伸びてゆく根に
おまへの闇の眼差しを学べ

地べたに寝そべり
地上にときどき背中をみせてる
逞しい竹の根つこを撫でつつ眠れ

そのさなかにも
陽光はまた何といふ
柔らかな影となつて

そり返り波うつ思想の孵卵器なる
かの大いなる竹の林を
一人一人の魂の産室うぶやの中に

知らん顔して
そよがせて
ゐることだらう

 

  地上楽園の午後

「ねェ  あんた
あたしの何番目の弟かしら  ネ
あんたもちよいと太目だけど
仕事  何やつてんのさ」

《太つた踊り子》が
うづくまつてる《宇宙のしみ》に
話しかけては無視されてゐる

気のいい女は
無愛想な男のことをすぐに忘れ
草原の台地にでんと坐つてる
自分に劣らず豊饒な体つきの
むつつりした女にむかつて
しきりに話し始めるが
話はちつとも通じない

相手の女は
先史時代の言葉しか
喋らないのだ

《女神》といふのがその女の名で
自分は森羅万象の
産みの親だと思つてゐる
彼女の腹の下の方の谷間では
光も風も稲びかりも
自由に通過できる穴が
ぽつかりあいて
呼吸してゐる
健康な息で

「あたし  この穴から
あたし以外のどんなものでも
吸ひこんだり
吐き出したり
できるんよ  あたし」

《女神》は歌ふ言葉づかひで
懸命に誇つていふが
だれも聞かない
理解もしない

「気の毒と
思つてるんよ  あたし
みんな  気の毒
さう思つてるんよ  あたし」

分娩の時が迫り
にんげんが
溜り水の光の下から
生まれ出ようとして
しきりに殼を脱いでゐる
枝のやうにもがいて  もがいて

          (註)山型二重カッコ内の名はすべてイサム・ノグ
          チのメタル彫刻作品の題名を借りた。

 

  枝の出産

斜面を風が吹き上げる  明るい声で
波乗りしながら  西へ東へ枯葉が散る。
枝を離れる瞬間をけつして見せない小癪なすばやさ
それでゐて冬空いつぱい  つぎつぎに湧く暖色の葉つぱ。

阿呆な凝視の二時間が過ぎて
まぬけな一人の観客はやうやく気づく――

これは死への凋落などではありやしない
時が用意しておいた枝のお産だ。
大空の塵に生まれかはる葉のために
なんぞやかくも賑やかに光を散らす  枝のお産。

(掲載作選出=渋沢孝輔)