鈴木東海子『桜まいり』(2015年8月/書肆山田)

著者 鈴木東海子
タイトル 桜まいり
出版年月/出版社 2015年8月/書肆山田 受賞回[年] 31回[2016年]
分野 分類 作品

[略歴]
  一九四五年神奈川生まれ。詩誌『櫻尺』主宰。『歴程』同人。詩集
『野の足音』で埼玉詩人賞受賞。詩集は『日本だち』『類夢』『草窓のかたち』など十一冊。七〇年代から詩朗読の企画実践をし『詩の声』で
「朗読の記録」をまとめた。評論集『詩の尺度』がある。日本現代詩人会、日本ペンクラブ会員など。

[受賞のことば]
  桜の便りが届きました。北上の詩歌文学館から花の便りです。〈サクラサイタ〉ともうじき春という日に届いた嬉しい便りです。詩を書きはじめて半世紀たち十一冊の詩集をだしました。野を歩くように詩を書いてきました。歩行は動くことで動かないものも見えてくるのでそれを言葉に練りあげるのでした。今は庭に佇んでいます。野の続きのような庭の桜の木には揚羽蝶や天牛かみきりむしが訪れます。晴れの日も雨の日も雪の日も緑景のなかに声が届きます。震災後は東北から多くの声がくるのです。これからもここで対話するでしょう。 

[作品抄出]

夕窓

北の小窓のなかは夕闇でするりとのびるのだが。ひとふ
きの流れが重く漂うのだが。
窓は闇をとおる風を押してくるばかりで明りのひとすじ
をしぼりこみ日をむらさきにしぼるようなしみ方なので
あった。
眼のとどまるあたりに。
葉のかたちにうずもれるように訪ねてくる。
窓のかたちにうずもれるように訪ねてくる。
室内の明りにふちどられる頃になると
小枝がひるのつづきに夕風をのせてたわむように夏のは
しから葉のかたちにとどまる。

〈左羽が少し短いね。

影の葉の濃さで羽の色に重なってあるのだった。
眼のとどまるあたりに。
うずもれているかたちから見えているのだろうか。
青菜を刻む手にしめす明りの輪がここにあって。
黒い羽が風の音をしずめて葉にふるえを伝えている。
声のようなふるえよ。
小窓のなかの眼のとどまるあたりに呼ばれているのであ
った。
背がはばたきたいのであった。
そこまでへ。

 
桜まいり

薄い胸に吹雪く桜がたまり胸をうずめ胸を押しつぶす。
薄い花びらが雪にまで冷えて喉もとから胸を押しつぶす
のであった。吹雪くなかに立っているのはわたしであっ
て私であると叫ぶ息が白くもれる。花びらは積りわたし
の輪郭であるが線状にではなく立体的にまつわり白いわ
たしは花びらになっているように内がわの雪が冷たくす
るわたしであるから叫んでいるのは白い息だけで雪の声
でとける花びらになってしまう。ここにいるわたしはど
こまでも在るわたしといいたいのだが白いわたしでもよ
かったのである。融け合うことのできるわたしである希
みをもつことで花びらができると知るのである。
視界は花びらのなかではもうかたちを保たなくてもいい
のだった。苦しく重ねられてもいいのだった。融けてい
くものをのみほすのであった。包みこまれていく。吹雪
く激しさを鎮めるように。激しく渦まく白いなかで細か
い静けさが指し示すことをまつように。ここで立ってい
ることが静かなこと。飛び立つことが静かなこと。叫ぶ
ことが静かなこと。どの方法でももう立体をつくること
ははかない朝夢のつづきのようで次をまつことが静かな
こと。桜の静けさにより添うことにこんなにも激しく花
びらが胸にたまる。冷たいがつづくと指し示す方が凍え
る。滴るものが血のようなものであった。こごえるした
たりがちに散るか。さくら色のちがちる。うっすらと胸
ににじみ重さがとけるように姿を写してほしいのである。
白くてもいいのである。姿をうつしてほしいのである。
さくらいろの声で。

 
樹時計

樹が指し示すと
花がなりわたる
小さな実を落とすふりで
青葉をゆらし
時をゆすっている
深緑の葉の重なりの平群れに
種子がはじけるとき
種子は菫色にかがやくのだった
すみれいろからうすももいろにうつり
樹が指し示す
庭ぜきしょうへめぐり
ねじり花の階段をのぼっていくと
その先のもう一段に
足をかけたくなる
うすももいろが
すみれいろにふりかかり
こいももいろにふりかかり
想い出の模様のようであった
ここでは
はく息までが想い出である
樹が指し示すと
想い出がなりわたる
呼ぶ声のように
なりわたる

 
羽音どき

真新しい紅葉(もみじ)は黄色から紅色の微睡みのとき窓辺にかけ
た微ぐ〈は〉音にひとひらの〈は〉と呼んでみるとかた
ちの片側がたらないのである。〈は〉に何をそよいでみ
たらよいのかと思うときにはやはり風が吹いて〈ね〉が
微ぐのであった。
黄色の紅葉が小さな手をひろげていると葉は小さな手の
ように風をなぞっているのである。
羽がふたは〈ね〉になっている。
羽がふた〈は〉になっている。
そのかたちの縁取りと
その大きさの撓みは
羽は葉のようにして
黄蝶はどこからの。ここまでへ。

〈もういくからね。
〈どこへ。

聞くことがためらわれる風音どきにそこにいているのが
見えないことのある声である。

〈そこにいるね。
〈どこへ。

問えば姿を見たい思いがそこまで届くだろうか。窓辺か
らは手が届くほどのところにいるのだ。このかたちでは
と何度も訪ねてくるのである。鮮やかなふた羽を背にお
りたたみ止まってもみせるよ。
春になるのは先のこと。
明日のこと。
先よりも先のこと。

 
はなの羽

き花が草ゆれから飛びたつように紋黄蝶が飛ぶのであっ
た。草いろのすいっちょも葉かげからいっしょにゆれ動
く振動のように飛びあがるので野の草が広がっているよ
うに花がゆれている。
きいろが飛びたつ高さに小さいき粒がのっている。小粒
のこ群れがいっせいにはばたくのでありはなをめぐる蝶
がいてわたしをめぐる蝶がいて幾度の夏のなごりを渡し
てくれたことだろう。こんなにも地にすれそうなところ
まで手にふれそうなところまできていてめぐり合うので
あった。ゆでたまごのきみをほぐいたきいろをふりかけ
た小さな花がそこでもゆれるのである。

〈ここにいるのね。
〈あちらにもいるのね。

草がゆれていると立っているわたしもゆれてだきしめた
くなるのである。ゆれるかたちに色ぞめをしてこんなに
も愛しくなつかしいゆれるかたちがあるのだった。

〈ゆれるかたちね。
〈うずくまるよ。

草がゆれると蝶がりぼんをひろげるように漂ってくる。
小粒のき花のひらがよせあう結びめでふたりばなであっ
た。
あさの湯気にまみれてゆでたまごをつくる手はこまめに
うごかすとまんなかに黄身の丸ができるのだった。口も
とからこぼれたように花のまんなかにおさまっている。
ゆでたまごはわたしのなかであたたかくとどまっている。
裏ごしのようなきいろは花のようでもあるが蝶のたまご
のようにもみえてあるいは花びらのうえのきいろのたま
ごであるかもしれないのである。
きいろが綿毛のように秋かぜに飛びたつ時だっただろう
かと日をたどってみるがそれは春の日ざしのようでもあ
りそれは十月の日のようでもあり思う時に咲いているの
であった。
〈はは〉と〈こ〉の草という名が呼びかけられるのであ
った。のだろう。
わたしはははであったのだろう。
この名を呼んでみる。ははの声で。
それはなんかいも。なんにちも。と。
きいろが飛びたつのである。
きいろのこ羽をひろげて。はなの羽をはばたいてみせる
よ。
この声が聞こえてくる。
〈こ〉の声がなんかいも。
 

(掲載作選出・中本道代)