北川朱実『ラムネの瓶、錆びた炭酸ガスのばくはつ』(2013年9月/思潮社)

著者 北川朱実
タイトル ラムネの瓶、錆びた炭酸ガスのばくはつ
出版年月/出版社 2013年9月/思潮社 受賞回[年] 29回[2014年]
分野 分類 作品
[略歴]
  一九五二年秋田県生まれ。二十代後半より詩を書き始める。詩との出会いは、「教科書はしまいなさい」と言って、国語教師が詩ばかり読ませた高校時代に遡る。詩集は『神の人事』『人のかたち 鳥のかたち』『電話ボックスに降る雨』など五冊。詩論集に『死んでなお生きる詩人』がある。

[受賞のことば]
  落語の『だくだく』みたいな肩の力の抜けた詩を書きたいと思う。「泥棒が盗みに入るてえと、タンスだの長持ちだの、すっかり揃えたいい家なんですよ。『しめたッ』てんであけようとするがあきゃァしません。全部壁に描いた絵なんですから。泥棒もしゃれた野郎で、『タンスをあけたつもり、着物をォたくさんつめ込み、グイと結んで背負ったつもり』すると当家の主人もオツな人で、『長押なげしの槍を取ったつもり、エイッと賊の脇腹ァ突いたつもり』泥棒もすかさず『ウーン、血がだくだくと……』」以上、受賞のことばのつもりです。

 
[作品抄出]

 字が書けそうだった

道を歩いていると
とつぜん家と家との間にさら地があらわれ

そこに何があったか
言葉は降ったのか
何一つ思い出せなかった

文字をおぼえて
過ぎたことを忘れることができなくなった

書かなければ
あったことの多くを忘れられるという

遠く  ギニアの奥地で
一つの文字も持たずに
五千年を生きた部族

彼らの前を通り過ぎた人々の頭蓋は
洗われ
磨かれ

休館日の図書館みたいな木のうろに
ひっそりとしまわれているというが

頭蓋の鮮やかな傷も
彼らにとって
河の蛇行ほどのものかもしれない

今日
誰も書かなかった明け方の汽車に乗り
誰も書かなかった土地を旅した

ひらべったい文字を
川に向かって投げると

何かをこらえたように
いくつも水を切って見えなくなり

空を  白い貨物船が
律儀にゆっくりと航行していった

字が書けそうだった

 

 小さな旅

赤ん坊は
まばたきをしないで私を見た

空色のブラウスを着て
手足を動かすものが
いったいどんな材料でできているか
確認するように

(人は、陸地になったり
(水たまりになったりするけれど

いくつかの小さな事があって
私は  動物園のヒョウの前にいた

檻の中に
ヒョウが一頭しかいないのは

獣と向きあうとき
人は  たぶんひとりだからだ

世界は
積み上げた日干しレンガと
匂いたつ花でできているから

赤ん坊の目の中に
扉を一つ描いてやる

すると  とつぜん獣たちは
咆哮をくり返し

赤ん坊は声をかぎりに泣いた

遠く
水脈があふれ
たくさんのアキアカネが生まれる気配がする

泣き声は
もうすぐ言葉にかわるだろう

きょう  私たちは
短針だけを傾けて旅をした

 

 夏の歩兵

最終電車に乗り遅れて
父の最後にまにあわなかった

顔を落として道をもどっていくと
街灯のはずれに
「売家」と札のついた家があり

窓が一つもない
その家の上空から

とつぜん太い雨が落ちてきて
背中が濡れた

寝返りがうてなくなると
父は腕時計をはずした
壁のカレンダーを捨てた

――時間なんか気にしていたら
前線から戻れなかったよ

使わなかった切符の汚れは
空の青でうすめたけれど

引き出しの中で
時計は
逆さに時を刻みつづけている

弾薬袋を背負った父が
スコールに濡れながら

カンギポットのヤシ林を
歩いていく

――尾が一メートルもある赤い鳥に見とれて
分隊からはぐれてね

うれしそうに何度も話した
もう無い村

時間は紺碧の空に吸われて

 

 冬の柩

――材質がやわらかいから
よく柩に使われます
店主が包んでくれたモミの木をかかえて
外へ出ると

降りだした雪に  あわく
街は濡れていた

救急車が
世界の果てからたどりついたような
まのびした悲鳴をあげて近づいてくる

今朝
新築の病院に転院した母は
白い清潔なベッドの上で

うすく目をあけていた

――ほら、あそこ、
カラスアゲハ!
母はベッドから起き上がった

――いいねぇ、
ひらひらしながらいなくなれて
見えるはずのない翅を目の中に広げて
空を指さし

指先から透きとおって
病室じゅうを鱗粉が舞った

ゆきかう人々が吐き出すまっ白な息が
小さな夢に結晶して
こぼれ落ちてくる

それを体じゅうにまとって
流星のような旅を終えたら

モミの木は
人を抱く準備をする

やわらかく年輪をほどいて

(掲載作選出・長田弘)