中上哲夫『ジャズ・エイジ』(2012年9月/花梨社)

著者 中上哲夫
タイトル ジャズ・エイジ
出版年月/出版社 2012年9月/花梨社 受賞回[年] 28回[2013年]
分野 分類 作品

[略歴]
  一九三九年大阪府生まれ。ビート・ジェネレーションの影響下に詩を書き始め、〈路上派〉と呼ばれた。爾来、私性の強い詩を書いてきた。詩集は『エルヴィスが死んだ日の夜』(高見順賞・丸山豊記念現代詩賞)など、十冊。ほかに、ケルアック、ブローティガンなどの詩や小説の翻訳がある。

[受賞のことば]
  自己にこだわりすぎる、もっと他者のことを思え、といわれたことがあった。つねに人類のことを考えていたパウンドを見習え、と。もっともだ、と思う。だけど、わたしは〈わたし〉にしがみついているわけではない。手放さないだけだ。命綱のように。なぜなら〈わたし〉を掘りつづければ、普遍という地下水脈につき当たると信じているので。
 そんなわたしの小冊子のような薄い詩集をひろい上げ、光をあててくださった選考委員の皆さんに感謝するばかりだ。

 
[作品抄出]

 序詩

図書館の固い椅子の上で
エリオットやパウンドやウィリアムズを読んでいたきみは
(もちろん、ホイットマンやディキンスンも)
英文学者となった
講師、助手、助教授、教授と
一段一段
ゆれる縄梯子をのぼって行って。
棒杭のように
渋谷や新宿のジャズ喫茶を漂流し
夜は安酒屋や立ち飲み屋で苦い酒を呷っていたわたしは
詩人になるしかなかったのだ
ギンズバーグという毒入りハンバーグを齧ったので
ビートニクになるしかなかったのだと

 

 1

都会の雑踏を葉っぱのように流されているとき
いつも肩先で鳴っていたジャズの塊
船の上
汽車の中
山小屋や海の家
水の中や空の上
たえずジャズが鳴っていたっけ
心臓の鼓動のように

 

 2

夜通し、ジャズのシャワーを浴びたあとの
ずぶぬれの体が
海へ向かう一番電車にとび乗ったものさ
(一人でさびしく
あるいは大勢でわいわいがやがやと)
さんざ泳ぎまわって
ぼろ雑巾のようになったら
灼ける砂の上に
丸太ん棒のように
ごろんと体を投げ出したものさ
八月の紫外線にちくちく突つかれながら

くらげやひとでのように干上がってしまうぞと
いわれたけれど
無茶と無頼の二十代は
無頓着だ
体のことを気づかうときは
老いが始まるときだと

みんなみんな昔の話さ
あんな季節はふたたびめぐってこないと
悲しむことはない
頭にのせるだけで
あの夏に帰られる帽子がぼくらにはあるので

どんなに惨めに思える生涯でも
実はそうではない
棚にジャズがあるかぎりは

 

 9〈ニューヨーク〉

ニューヨークくんだりまで行って
ジャズを聴かなかったなんて
ギンズバーグに会いに行かなかったなんて
一生後悔するぞと
五番街の裏通りのラーメン屋へラーメンをすすりに行った以外
東海岸を襲った寒波に
ホテルの部屋で蛹のようにふるえていたのだった
二十年後に知ったことだけど
五番街を少し下った
グリニッジ・ヴィレッジのアパートで暮らしていた尾山修一は
夜ごと夜ごと
ケニーさんとジャズ・スポットめぐりをしていたんだって

わたしが夏服でこほんこほん咳をしていたときに

 

 11〈アイオワにて〉

北米中西部の大学町のキャンパスをさまよっていたとき
思ったのだった
世界は音に満ちていると
芝生が踏みしだかれる音
くもが網をはる音
りすが木の上を走りまわる音
枝が折れる音
木の実が落ちて地面に当たる音
心臓の鼓動
風の足音
魚のはねる音
ため息
雲の流れる音
渡り鳥たちのはばたき
ジャズのない町で

 

 16〈マサコ〉

マサコって
知ってる?
年少の友人からとうとつに訊かれて
思い出したのだった
映画『真夏の夜のジャズ』を見た夏
迷い込んだ路地の奥の
長い巣箱のような
もっぱら女性ヴォーカルが流れていた下北沢の店
わたしの好みはインストゥルメンタルだったので
鰐足は歩いていった
渋谷へ
新宿へと
調べたら
一九五三年に開店したマサコは
二〇〇九年まで存在していたのだった
オーナーの福島さんは苦笑していた
インターネットで
仕方ないんだよね
時代の流れだし
もう齢だと

 

 17

頭痛の種は
引っ越しのたびに
ずるずる引きずっていかねばならない所の
CDと
ビデオテープと
とりわけレコードをつめたダンボール箱
プレスリー  ベラフォンテ  ビートルズ  ローリング・ストーンズ
  ボブ・ディラン
『レディ・シングズ・ザ・ブルース』
ウッディ・ショー『マイ・ダングズ』
ジョー・ボナー『エンジェル・アイズ』
『モンクス・ブルース』
『セロニアス・モンク』第2集
セシル・テイラー『サイレント・ダングズ』
ソニー・スティット『ヴァーモントの月』
パティ・スミス『ラジオ・エチオピア』
その他数々の試聴盤

もう引っ越すことはないと思うけど

 

 20

わたしの葬儀にはジャズを流してくれ
とびきり陽気で滑稽な奴を
なんて人生だったのだと
げらげら笑いながら河を渡って行きたいので

 

 21

戒名はいらないよ

漂流院泥んこ棒杭居士と

(掲載作選出・井川博年)