安水稔和『椿崎や見なんとて』(2000年3月/編集工房ノア)

著者 安水稔和
タイトル 椿崎や見なんとて
出版年月/出版社 2000年3月/編集工房ノア 受賞回[年] 16回[2001年]
分野 分類 作品

[略歴]
  一九三一年九月十五日神戸市生まれ。神戸大学文学部卒。「歴程」同人。八九年『記憶めくり』で地球賞、九七年『秋山抄』で丸山豊記念現代詩賞、二〇〇〇年『生きているということ』で晩翠賞。『安水稔和全詩集』評論集『歌の行方―菅江真澄追跡』詩文集『焼野の草びら』『届く言葉』など。

[受賞のことば]
  わたしの言葉は、わたし一人の言葉ではない。あなたの言葉であり、あの人の言葉であり、だからわたしの言葉になる。眼前の言葉は、これまでにあった言葉であり、これからあるだろう言葉であり、だからこそ今の言葉としてわたしの前にある。こんなことを菅江真澄という稀有なる人からわたしは学んだ。『椿崎や見なんとて』は菅江真澄とともに歩んだ詩集である。
 このたび、この賞をいただくにあたり、多くの方々に感謝したいと思う。とりわけ、敬愛する選考委員の方々に、そして、もちろん菅江真澄にも。

  
[作品抄出]
  

  百清水

手を入れると手を包み
手を上げると滴り落ちる
桧の葉の
芹の花の
棘魚の記憶。

いたどりの葉を丸めて
掬って口に含むと溢れる
草の実の
木の根の
土塊の記憶。

日がかげり日が照り
零れる時の水から零れる
水のような
あなたの
水のような記憶。

  

  豊川

おもえば
うつるとか。
おもわねば
うつるとも。

ゆれるはな
とびたつとり。
つがいのちょう
くものゆくすえ。

はれて
くもって。
かがみひとつ
ときのいど。

        *鏡=水神社線刻千手観音等鏡像。

  

  水のことば

光る
水と水の
わずかの隙間から
零れるものがある。

あれはことばかしら。
水のことばかしら。

  

  栩木沢とちのきざわ

日が暮れて
山を下る。
どこを歩いているのか
足まかせに歩きつづけて。
疲れはてて下っていくと
闇の谷の底に火の匂い。
揺れる火をたよりに
崖ぎわを下っていくと。

子どもが二人
竹火を持って歩いていく。
――ここはどこ。
――とちのきざわ。

ざわりざわりと
とちのき騒ぐ
村に入り
宿を乞う。

  

  曳上ひきあげ

曳上の
桂の朽木には
魚色をした火口茸。
その味は。

ぶなの古木には
毛物色した貫打茸。
その味は。

人の色した剝茸は
短毛密生
皮をむいて食す。
その味は。

  

  かんがかり

わらわらと
わらわやみ
いしおこり
うまおこり
むえんおこり
おけをふせ
ゆみをうち
やまうどを
ありまさに
いたこみこ
かんがかり
かたりだす
ものがたり
あちゆれ
こちゆれ
もつれて
きれて

  

  河原毛かわらげ

日の照り返す坂を
かくれようもなく。
込み上げる吐き気を
かくしようもなく。

どうしてかなあ
どうしてこんなに歩くのかなあ。
砂かぶり
硫黄かぶり。

山あいに消える鳥の声。
人かな
人かも
人だったかも。

抜ける空
燃える木。
やっぱり人の声か
あらわな胸の傷。

  

  椿山

椿崎や
見なんとて。
海ぞいの道
浜はこべ踏み
風に吹かれて
出かけて行って。

吹き折られた梢
吹き倒された磯小屋
粟稗の実もしぶかれて。
言い出しそう
言わず忘れて
沖行く船を眺め。

かつて椿の枝をかざして
運んできた女たちの祈りの手が見える。
沖を行く船の上から花山を
望み見た男たちの願いの眼が見える。
海を渡ってきて雪の枝葉を
食いあさった鹿たちの飢えの形が見える。

石の浜に降り立てば落日。
日の輪に包まれて
海を転がり
空に落ちる椿山。
闇の芯に
花の堆積が燃え。

登りつめて出た崖の上
一抱えばかりの岩の先。
覆る海
倒れる空。
紅に染まる生の
めまい。

(掲載作選出・飯島耕一)