宗左近『藤の花』(1994年6月/思潮社)

著者 宗 左近
タイトル 藤の花
出版年月/出版社 1994年6月/思潮社 受賞回[年] 10回[1995年]
分野 分類 作品

[略歴]
  一九一九年五月一日、福岡県生れ。東大卒。昭和女子大特任教授、現代詩人会会員。『炎える母』で藤村記念歴程賞受賞。詩集『縄文』『風文』他。

[受賞のことば]
  思いもよらぬ今回の賞。驚きました。有難うございます。みなさんにお礼を申します。
  紀元前数百年に渡来した弥生人に征服された縄文人と、十五年戦争の死者であるわたしの親友たち(あわせて、「わたしの縄文人」)は地下の闇の底で死んで生きている。そのそばで、どうやらわたしは生きている。その双方が、選者三氏の鋭い眼光を浴びる。眩しい。うろうろしています。そして、しばらく、やはり、わたしは両生具有の中有詩を書きます。

  
[作品抄出]

柩に月光  風景のけぞらず

紺蜴蜥  尾を断ち切らん  日照石ひでりいし

流れ木の  何に寄りそう  昼の月

うつつよ  明るい私のはか

炎天か  地上は生者の千切れ雲

空炎える  地より天への大瀑布

なぜなのだ  防火用水に映った炎を摑んでゆさぶって

火が笑っていた  だから  おれも笑っていた

朝顔の白切れば赤がふき出す焼野原

尻尾ばかりが  おびただしくも焦げて  蜥蜴雲

絶望がおれを生かしている  焼跡にない噴火口

叫び声のみんなされて  雲の峯

うち伏して土だけを刺す鬼あざみ

入道雲去る  すべての沖が近くなる

駈けのぼる馬さかさまに敗戦日

青空は夜空だ  白鳥は黒鳥だ  死なないでいるおれは死んだおれ

乳房の奥から乳首を目指す飛行機雲の音

ゆるやかに乳房の峠の上り下りの  春

山伏の死体の口の大法螺貝の積乱雲

死んだおれにもう死ぬなときみがいう  蟬時雨

ことごとくの蟬を落して  茜雲

夏の雲  赫く分かれて  えい泳ぐ

地球墜ちる  大渦巻の大群青

うしろにある沖が夏を連れ戻す

目の赤い小魚がいて洪水を先導する

冬の空に炎える夏の月  それでこそ  秋

風の夜はもう波の背しか追わず  川の月

水の打ち首  かけいの底の青い坂

大瀑布  地球によらず落ちてゆく

息絶えて  まないたはらわたの  紅葉照もみじでり

夜の女蔭  にわとりつついて  月が出る

冬月の削る石斧となる連山

木菟みみずくの片目ずつのなかの  冬の闇

冬深む  女が眠ってからだけ月赤く

橋の上に立っている

蝸牛かたつむり  這う音って  夏が来る

蝙蝠と死者  耳で宙空に  ぶらさがり

夜果てて  蟻の穴から出ない星の数

銀河系宇宙  二千億個の星  一粒の天道虫

合体する銀河と氷河  多色沸騰する白薔薇群団

口開ける度  鮑のこぼす月の浪

羊歯の闇  蟻の曳く蛾の  銀の星

盃に三日月  地球とおれに  故郷なく

曼珠沙華だけのない花の店  夜の九官鳥

ふと夕映えにある流れ木に  雁とまり

小鴨眠る  水からおのれを引きあげる月

水飛沫を圧さえて着水する鷺の二羽

柿眠る  夕陽を回して水車

秋傾く  さよりから三日月引きぬいて

全山紅葉  全顔紅潮  断ち落される鮭の首

生き死にの光のともって  螢烏賊

母の墓をふるさととする夜の雲

(掲載作選出=白石かずこ)