清水哲男『東京』(1985年10月/書肆山田)

著者 清水哲男
タイトル 東京
出版年月/出版社 1985年10月/書肆山田 受賞回[年] 1回[1986年]
分野 分類 作品

[略歴]
  昭和一三年、東京生れ。京大卒。五〇年「水甕座の水」でH氏賞受賞。詩集「地図を往く雲」ほか。現在、FM東京パーソナリティ。

[受賞のことば]
  光栄の一語につきます。
  かねがね、詩歌のジャンルを細分化し、それを固定化してとらえることに疑問を抱いていました。したがって、今回の「詩歌文学館」というコンセプトそのものに共感を覚えておりましたので、その意味からも嬉しく思っています。
  読みにくい拙作を読んでいただいた選考委員諸氏に厚くお礼を申しあげるとともに、関係者のみなさまのご尽力に感謝いたします。
ありがとうございました。

 
[作品抄出]

  きみたちこそが与太者である

目を上げれば
一滴の水
頰を伝うよ……。

 
薄明の東京で白猫が凍死する
地上七階の窓の水を通して
遠望される光景は
またしても虹の消えた鉄路の果てで
すっぱりと切れている
この夜明け
山口から東京へと出てきた者には
山口から東京へと冷感が動き
山形から東京へと出てきた者には
山形から東京へと冷感が動く
俺も動く
俺のなかのしろいものも動く
まだ眠っているきみたちのガラスの歯
ガラスの骨組み
まだ眠っているきみたち
赤い舌  桃色の肉  伸びる爪
笑うまいことか
俺は起きているあいだ
酔っていたくはないほうの人間である
国家なんて冗談じゃない
国旗なんて冗談じゃない
国税なんて冗談じゃない
ねえ  私の髪をさわってよなんて  まったく
冗談じゃねえよ
夜明けの東京はほとんど草原だ
草原のジラフとして立っている高層ビル
草原の水として澄んでいるコンクリートの庭
轟く空  桃色の空
轟く鉄路  白色のテロル
まだ眠っているきみたちの草原のテロル
夢なんかじゃない
きみたちの轟く殺意は夢なんかじゃないんだぜ
山口から東京へと出てきた者
山形から東京へと出てきた者
山猿の眉間を割るための
きみたちの巧智には舌を巻かされるよ
この首都の純情にはベロもひんまがるよ
対するには冷感
山から京へと動いてくる冷感
水が飲めないジラフ
轟く空の下の首ふれぬジラフを友として
俺のなかのしろいものは
きみたちの桃色の肉に背を向ける
へろへろへったらへろへろへ
たいらばやしかひらりんか
すねている俺は嫌いだが
すねていないきみたちはもっと嫌いだ
なるほど俺は与太者である
眠っているきみたちの甘く伸びる爪を
しみじみと見ているちんぴらである
与太者としてきみたちに安心され
ちんぴらとしてきみたちに愛されている
この東京というところの一滴の水である
一滴の水はすべって
くらいところですべって
ガラスの歯を持つきみたちのための
赤い酒を割ってまわるばかりなのである
すべる前のすさんだ午後
俺はしばしば雑踏を歩いていく
健康な女の健康な肉の色を見るために
新宿の雑踏を歩いていく
健康な女はたいていが高校生だから
ねえ  私の髪をさわってよ
なんていわない
健康な女はたいてい金が目的だから
新大久保の小部屋の造作に
文句をつけたりはしないのである
そこで与太者は肉を見る
健康な肉を指で押してみる
つまんでみる
キスはしない
よだれも流さぬ
国語のことだけをいう
徒然草のことだけを話す
変ってるといわれる
何をしてるかあててみな
便所のなかからの健康な声
元気に元気にすさんでいく女の声が
わかるわけないじゃん
という
金で買った肉が小生意気にも
俺の元気を誘い出しやがる
ビールまでラッパ飲みしやがる
シーツを折って五月のカブトまでつくろうとしやがる
尻を叩いて女を追い出し
俺はたてつづけに煙草をすう
すいながらきみたちの性交について考える
ときもある
ジラフのようにきみたちも膝を折るのか
ガラスの膝を鈍角に
金襴緞子の尻まくり
ガラスの歯ぐきでかぶりつくのか
与太者は与太者らしくきちんと考えておかねばならぬ
健康な肉の余震で
夕刊もきちんと読まねばならぬ
眉間に散る活字
こいつはなんとも気分がよろしい
一滴の水にも五号活字だ
笑えてくるね
涙も出てくる
山口から東京へと出てきた者
山形から東京へと出てきた者
与太者はみなすべからく
眉間に活字を散らして生きていくことが望ましい
もちろん全山裏白の葉の
裏白の歯に沁みる冷感だけは忘れるなよ
と  昔ならば言ったところだ
薄明の東京の地上七階の窓の水
きみたちの赤い酒には似あわない水
その水を刺しつらぬいて
やがて光りが入ってくるとき
きみたちは動きだす
またしても虹の消えた鉄路の果てのほうから
順番に動きはじめる
犬も動いて死せる白猫を踏む
白猫にだって轟く殺意はあったというのに
けっ  なんという口惜しさだ
それにコーヒーとパン
それにトーストとスープ
けっ  なんというあさましさだ
きみたちはなぜ
そうもガツガツと物を喰うのか
強豪ウェールズのメンバーなら許せる
華麗ウィングスのメンバーなら許せる
彼らはすきこのんで
きみたちを楽しませるだけの人間たちだからだ
超一流の与太者たちだからだ
超一流は腹がへるのさ
実朝や信長のように
いつもガツガツ飢えているのさ
そのあさましさをかくそうともしない
だから許せるのだ  許したいのだ
バスがいっちまう
地下鉄がいっちまう
おびえながら物を喰う必要がなぜあるのか
いっちまえ  いっちまえ
バスも電車もいっちまえ!
頭も振らず  やり過しているうちに
物を喰う哀しみがわかってくるというのに
実朝よ
信長よ
これはもう立派にお前たちの面汚しというものじゃないか
俺はお前たちのちゃんばらを見たかったと思う
コーヒーもトーストもない時代の
素うどんみたいなちゃんばらを
血の気の引いた面を汚して
空腹の極のよろめく人斬りに砂を蹴った
お前たちの単純な(ちから)仕事を
薄明の草原で見ておきたかったのだ
与太者は与太者らしく
一応いまの時代を憂えてみねばならぬ
実際のところ
東京の地上七階の狭い部屋の机の前で
昨夜から眠らないでいる
この俺という人間が
いっぱしの与太者であるこの俺が
事は素うどんちゃんばらのように
単純には動きはしないのだ
という具合に憂えてみねばならぬ
いつだって
首都をひっかきまわしてきたのはまぎれもなく
十分に眠ったきみたちのほうなのであって
徹夜で割られた眉間の血など
夜明けに死んだ白猫ほどの価値もあるまい
というふうに憂えてみるのである
理屈ではなくて群衆だ
ジラフではなくて高層ビルだ
思想ではなくて情報なのだ
すべて押し寄せてくるもののほうが
この都会では鉄路となる  テロルとなる
抒情でさえある
へろへろへったらへろへろへ
そういっているのは
すべて押し寄せてくるもののほうなのである
このときにも
俺のなかのしろいものは動く
たしかに動く
だけれどもこの朝動くものの女陰のごとき力強さに
俺のなかの与太者は
とてもじゃないがテレビ映画のように挑む勇気を持ち得ないこともある
水は水色ということか
健康な肉だけに反応する不健康ということもある
きみたちも本当のところはどうなのか
夜にすべる与太者
背後の闇に興奮する無邪気な与太者
しのび笑いする与太者
泣き寝入りする与太者
踊る与太者
キャアキャアいう与太者
病気の与太者
学校に行く与太者
恋愛中の与太者
鉛筆を握っている与太者
貧乏な与太者
花を植える与太者
時計を見上げる与太者
球を投げる与太者
与太者の映画を見ている与太者
生まれてくる与太者
群衆の与太者
きみたちこそが与太者ではないのか。

 
このとき遠い草原の
首ふらぬジラフが
ガクリと首を折る予感……。

(連作・東京1)

(掲載作選出=新川和江)