中村苑子『吟遊』(1993年7月/角川書店)

著者 中村苑子
タイトル 吟遊
出版年月/出版社 1993年7月/角川書店 受賞回[年] 9回[1994年]
分野 俳句 分類 作品

[略歴]
  一九一三年三月二五日、静岡生れ。日本女子大中退。三橋鷹女を識り、久保田万太郎の「春燈」に入会。高柳重信と「俳句評論」を創刊。句集『水妖詞館』『花狩』他。第二八回蛇笏賞受賞。

[受賞のことば]
彫心の句集が受賞した思い
  ともすれば荒れがちな、自分の魂を宥めるためにのみ長年書き次いできた俳句で、このように大きな賞を頂いてよいのか、と、戸惑いながら恐懼しております。
  もっと若き日の受賞でしたら、明日への励みの鞭になったことと思いますが、今は、私が頂いたのではなく、十年の余、私と共に歩んできた、『吟遊』という、彫心の句集が賞を頂いたのだ、という感がふかくいたします。
『吟遊』と手を取り合いまして、選考委員の方々に厚く御礼申し上げます。

  
[作品抄出]

死に侍るは誰か鵺かや春の闇

暮春かな山黒々と川を抱き

ねつとりと鐘の余韻や夕霞

白梅の残んのいろや実朝忌

磧にて昼こそばゆき鳥の恋

踏まれどほしの磯巾着の死に狂ひ

帰らざればわが空席に散るさくら

海の五月よひらりと旺んなる鷗

少年と犬と五月の雲灼けて

白絣合槌を打ち聞いてゐず

荒髪も蛇と長けぬる水鏡

蛇過ぎて草起き上るなまめかし

生き堪へて貌昏くなる青蜥蜴

人の世は跫音ばかり韮の花

この椅子に人在らぬ日の夏落葉

日は西に樗は井戸に降りそそぐ

紀州の国山累々と蜀魂ほととぎす

木の国の狂ふがごとき青あらし

一つ家に故人とふたり秋の暮

稲妻を浴びし不覚や面変り

降らずみの秋しぐれ呼ぶ井戸茶碗

木賊刈るどことはなしに殺気帯び

濁り酒不意に険しく老いの眉

身のなかに種ある憂さや鶏頭花

はらからは絡まりやすし烏瓜

俗名と戒名睦む小春かな

一と筋の川あをあをと雪野原

吹雪く夜の半身すでに雪をんな

雪明り虚ろの姉に添ひ寝して

藁打つて男が歌ふ子守唄

山川を越えゆき春は移るなれ

人死んで枕残れる大西日

瓦斯燈の点りしむかし雪ばんば

あの遠き枯木なんの木なんの鳥

凧一つ貌のごときが冬空に

(掲載作選出=倉橋羊村)