阿波野青畝『西湖』(1991年4月/青畝句集刊行会)

著者 阿波野青畝
タイトル 西湖
出版年月/出版社 1991年4月/青畝句集刊行会 受賞回[年] 7回[1992年]
分野 俳句 分類 作品

[略歴]
  一八九九年二月一〇日、奈良生れ。旧制畝傍中学卒。俳人協会、日本伝統俳句協会顧問。七三年第七回蛇笏賞受賞。句集『萬兩』『国原』他。

[受賞のことば]
  少年のころから俳句が好きであった。耳疾の負い目を忘れんが為だったかも知れない。
  中学の末ごろ高浜虚子を識って以来ホトトギス派に専ら傾倒して今日に及んだのである。若しこの出合が狂っていたら今日の私がどうなっていただろうか。
  勿論虚子を中心として多くの人が私を応援して頂いたから今日有るを得たのは確かであり、この際しみじみと深謝の念を深くするところである。
   即詠  手帖みな十七字詩や囀れり  青畝

 
[作品抄出]

二面石永久に背合せ去年今年

初夢や亡き父なまの声放つ

風花へ飛びこんでくる紋鶲

出でし月まんさくよりも黄なりけり

太陽へ地虫は八字ひげを振る

きこえざる声もただよふ寝釈迦かな

生まれ出し蠅ちよろちよろと摺子木すりこぎ

葱坊主炸裂せずにをられまじ

の埴輪ただ洞然と暮の春

屋久杉は年輪未詳黴びにけり

泥しぶきとび田搔牛目をつぶる

まひまひは同心円をよろこべり

顚落にあらず翡翠のかへしけり

一面の鏡裡に居たり避暑の妻

うしろ手を突くその絵師の秋思かな

おが屑が跳んで一躍歳暮海老

箸紙は敏雄と書きて青畝無し

茣蓙のへり好める独楽は澄めりけり

水仙のかなつぼ眼なこ黄なりけり

白魚は仮名ちるごとく煮えにけり

春山に魚見観音肩を出す

大鮑腹すくませて鮮らしき

夏雲より大涌谷へゴンドラが

殉死の日土塀の灼けしこと思ふ

紅葉客手摺には腰すべからず

焚火魔としての寒山拾得視

かくれんぼしたる眼鏡や老の春

老の春磁針古れども北を差す

ぽつぺんを伝ひ唇ひびきけり

春の山羊音符ある紙食べにけり

春寒し釘はくの字になりたがり

稚児落し紅葉の奥と聞きしのみ

喪服を見去年も今年もなかりけり

痒ゆきゆゑかまはず搔きて老の春

立春大吉獅子吼を死語と見る勿れ

右近忌や丁髷のその為人ひととなり

萌えずんばなんじやもんじやと肯けず

蜘蛛の糸断たれてちぢみゆく力

第一歩起ち上り鹿誕生す

書付にふびんと書かれ翁の忌

(掲載作選出=倉橋羊村)