佐藤鬼房『半跏坐』(1989年6月/紅書房)

著者 佐藤鬼房
タイトル 半跏坐
出版年月/出版社 1989年6月/紅書房 受賞回[年] 5回[1990年]
分野 俳句 分類 作品

[略歴]
  一九一九年三月二〇日、岩手生れ。俳誌「小熊座」主宰、現代俳句協会顧問。第三回(一九五四年)現代俳句協会賞。句集『名もなき日夜』『鳥食』他。

[受賞のことば]
  これといって俳句の方法論を持っているわけではなく、ただやみくもに俳句が好きで、若い時分には一匹狼めいた在りようで、五十を越えてこのかたは田舎の野老として作句を楽しんで来たようなものだ。このたび思いがけない第五回詩歌文学館賞をいただくことになり、賞の重みにうろたえているが、少しは作品のはしばしに見える渇仰的元気さが買われたのではないかと思っている。これからも蝦夷の血のしぶとさで、しかも澄明を心がけながら句を残して行きたい。
  拙句集「半跏坐」にご注目下さった選考委員のかたがたに深くお礼申し上げる。

 
[作品抄出]

雪兎雪被て見えずなりにけり

座散乱木ざさらぎや日蔭の雪をざくと踏み

亜隆隆ほどの朝魔羅遠辛夷

雨の日の隠れ泳ぎや魚になれ

新月や奈良の泊りの阿修羅

鬱の日のおのれ死ぬべし氷頭膾

十月の声の一つにわが風樹

秋深き隣に旅の赤子泣く

忘れゐし三鬼の髭や牡蠣の旬

松島にをさの音せり夕鶴か

小突きあひ跳ねゆく姉妹山桜

鬼灯の倒れて赤を尽しゐる

野葡萄や死ぬまで続くわが戦後

飴舐めて孤独もどきや十三夜

億年の化石を夢見冬の蝗

冬の別れゴッホのやうな優しさで

雪眼には鳥も獣も形無し

半跏坐の内なる吾や五月闇

衿垢は生きゐるしるし旱梅雨

迎火に屈みて胸を炙りゐる

人蔘を擂るおとうとの羽化のため

燈を消せばよくものが見え峡の秋

七五三妊婦もつとも美しき

痛むゆゑ背骨がわかる寒の雨

置手紙ありさうなかの遠桜

もじやもじやの四月が終る翁草

蠟石の一顆がうるむ梨花月夜

風青きわが胸底の廃港よ

道の終りねむりまばらな眠草

蝦蟇よわれ混沌として存へん

虚空界念じてをれば小鳥来る

寒影や父若くして故郷くにを捨つ

眼の前の牡蠣の海より父帰る

年行くと乙二の山に礼し去る

国の喪となりし七種粥のいろ

(掲載作選出=三橋敏雄)