安東次男『流』(1996年7月/ふらんす堂)

著者 安東次男
タイトル
出版年月/出版社 1996年7月/ふらんす堂 受賞回[年] 12回[1997年]
分野 俳句 分類 作品

[略歴]
  一九一九年七月七日、岡山県津山市生れ。東大卒。『人それを呼んで反歌という』(詩画集、画・駒井哲郎)。『風狂始末――芭蕉連句新釈』。読売文学賞。歴程賞。芸術選奨。

[受賞のことば]
  七十七歳、身の引緊まるような感動を覚えたなどと云えば、噓になる。正直にいって、日がたつにつれて、曰く云いがたい当惑の念につつまれてくる。句集は本文七七頁、手のひらサイズの瀟洒なフランス装文庫本という約束が気に入って、「ふらんす堂」さんにお願いした。句数三〇四句、一九歳より七六歳に及ぶ。むろん、取って七七歳の誕生日の出版である。その内、二百句以上が七〇歳を過ぎてからの作品だ、というところが珍らしいと云えば云えようか。審査に当られた方々は、その辺りのことも勘案されてのことか、とまれ厚く感謝する。

  
[作品抄出]

疾く来ても見てましものを須美礼ぐさ

海山を棲み分けて降る春の雪

春筍といふこのごろのものならし

けて湖舟に上る朧かな

夢の又夢よと去年の浮寢鳥

朝寢する役小角はやや老いし   (葛城山)

天水を抄うて花を研いでをり

五臓六腑に西行が住む夕ざくら

葉ざくらの口さみしさを酒の粕

わが声のとどきし先の牡丹かな  (先師一周忌追善)

十一が来て余したる日暮れかな

僧正の目が離れたり瓜の花

香を括るわざを見せけり菖蒲引

若竹の四五幹にして尽しけり

乾坤のたねを蔵してあばれ梅雨  (七月三日早暁豪雨、楸邨逝く)

かたびらに音の生るる風の向

むらぎもの影こそ見えね心太

搔氷とほ目を遣ふくせつきて

帰心にもしほどきのあり通し鴨

手爾波もて切字を叩け夜の秋

身ほとりに置くほかはなし捨扇

夕鵙にして初鵙のなつかしき

方寸に何を飼うてや蟲の秋

里の子が又の名で呼ぶ草の花

どうころがしても口中の水の秋

壺一つ分ながくなる夜長かな

きのふけふ梁誇りする峡の色

釘打つも鉦扣つも露のつなぎ哉

ねむごろの人や日和や秋果つる

すぐ傍に居るとをしへる堅田鴨

夕付く日山に襞濃き冬至かな

物盈つるごとく水仙莟みけり

其色のとしの身に添ひ龍の玉

年次に殘すこころを初茜

国一つたたきつぶして寒のなゐ  (一月十七日早朝)

水も火もなければ朧にもなれず

鎮魂のぬさともならず春の雪  (二月四日立春、五日初雪降る)

海に出てはやしてゐたり木の芽山

瀬がしらに隠るる鳥の夏羽かな

蜃蛤はまぐりの吐きし卯波に会ひにけり

秋もやや風が染めたる草の色

この国を捨てばやとおもふ更衣

(掲載作選出・川崎展宏)