沢木欣一『眼前』(1994年5月/角川書店)

著者 沢木欣一
タイトル 眼前
出版年月/出版社 1994年5月/角川書店 受賞回[年] 10回[1995年]
分野 俳句 分類 作品

[略歴]
  一九一九年一〇月六日、富山県生れ。東大卒。東京芸大名誉教授。俳人協会顧問、俳文学会会員。「風」主宰。「天狼」同人。句集『遍歴』『塩田』他。

[受賞のことば]
  北上の詩歌文学館賞をいただくのは思いがけないことで感激しております。『眼前』は還暦以後数年の作を集めたものですが、これからの老いを意識してばた〳〵している時期のものです。自分を今一度解放拡散させたいという意識と一方、強力に凝縮したいという理性が拮抗し分裂しているようです。自分では多面的で散漫なところが気に入りませんが、より自由に事物に執着し、自分に執して生命を更新しようという本音が出ておれば幸いです。選者の諸氏、御支援くだされた方々に厚く御礼申し上げます。

  
[作品抄出]

道をしへ弱き心を励ませり

遠ちは濃く近きは淡し桐の花

一月のはがね光りに安藝の海

転合てんがうな石の配置や木下闇

秋高しもぐらの穴と摩天楼

女人みな次々に触れ袋角

麦秋の野へひゞきけり時鳴鐘

帰る雁列を直せり海の上

昨年今年字引の上の薬箱

ひよの頰籔の椿の蜜まみれ

思ひ切り煙草止めんと目借時

渡良瀬を高く渡れり夏ひばり

紅葉山映して湖の初氷

うつしみのせはしく愚か秋扇

電話より雪の底なる母の声

臘梅の花色うすれ透きにけり

笛の音の一気に春を呼びにけり

うなづきて雪間柔毛にこげの翁草

樏も売る根尾谷の春祭

みさゝぎの森の暗さよ山焼く火

藤の花穂先みどりにけぶらへり

たぎつ瀬に吸ひこまれゐる紅葉かな

地の貌をむき出しにして初浅間

二日はや牛の乳房を洗ひをり

餅花の一本を挿す李朝壺

ぼうたんの咲き満ちたるはさびしかり

胸の高さ麦秋の香のひろがれる

蜩や女手で積む松の薪

月山の鳥のつゝきし柿の傷

妻の焚火いさゝかの風ためらはず

朝顔市目だたぬ女万歳師

白き船湖心に出でて秋の風

葛の蔓のたうちゐたり阿弥陀橋

白木槿ばかり天女の水浴び場

はなびらの縮緬の波白菖蒲

(掲載作選出=石原八束)