title

平泉の藤原三代が栄華を極めた時代に先立つこと約二百五十年前、極楽寺を中心とした文化が芽生えていました。以来、北上川の船運、北上平野の陸路の宿場町、黒沢尻には多くの文人墨客が訪れ、詩歌のまち・北上を形づくる先駆となりました。数々の詩歌が刻まれた文学碑、西行や子規、牧水などが旅をした足跡がしのばれます。

(1)宮沢賢治碑(5)高村光太郎詩碑(9)北上夜曲碑

(1)宮沢賢治入畑ダム湖畔「二川こゝにて会したり・・・・」
(2)正岡子規石羽根ダム湖畔広場「はて知らずの記」より
(3)高村光太郎後藤平和観音「観自在こそたふとけれまなこひらきてけふみれば・・」
(4)沢藤竜輔新渡戸観音泉「春泉の一樹をめぐり溢れけり」
(5)高村光太郎飛勢城跡詩「ブランデンブルグ」より
(6)菅江真澄和賀神社「冬ちかみあらしの風もはやちねの山のかなたや時雨そめけむ」
(7)平野直更木農村集落会館「ぼたんはしづかなよいお花・・・・」
(8)若山牧水更木町臥牛「しらたまの歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり」
(9)北上夜曲碑展勝地「匂いやさしい白百合の濡れているよな・・・・」
(10)市内中心部のページへ


トップへ 次へ